自分のことを「私は女性です」「私は男性です」 - 国語 - 教えて!goo
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No.7です。補足質問にお答えします。
ご質問1:
<「謙譲語」という言葉の定義には、「相手の地位を高める」ということは書かれていません。あくまでも、「へりくだる」「自分のことを誇らない」ということのようです。
さらには、広辞苑に「(自分の側を)卑下謙譲を含ませて表現」とさえ書かれています。>
「相手の地位を高める」「謙譲語」という言葉の定義ではありません。謙譲の結果として伴う効果です。補足質問におっしゃられているとおり、<謙譲語(「男」「女」は除く)が結果的に、相対的に相手方を高める言葉である>ということです。
どのように男急行愛でしょうか?意図的に「相手(の地位)を高める」のではありませんが、「へりくだる」「卑下する」ことは、自分が「下になること」「下になろうとする意志」ですので、相手の位置は動かなくとも、「自動的に」相手は自分より上の位置になってしまいます。
物理的な論理と同じで、相手が前に進まなくとも、自分が下がれば、相手は自分より進んだことになります。自分が引けば相手の立場は立つ、自分がへりくだれば相手は敬われる、それら全て同じ論理です。
ご質問2:
<(事実として、)自分のことを「女性」「男性」と呼ぶことに違和感がある人と、そうでない人の両方がいる。>
おっしゃる通り主観の違いだと思います。個人の世代や背景も異なりますので、主観的に自分の感性と合致する言い方をされていいものだと思われます。
"何が待っている"例えば、戦争時代を生きてきた世代、戦後教育を受けてきた世代などは、「上」への尊敬は徹底したものでしたから(教師へ反抗などなかった時代ですから)、自分を「男」「女」と自己紹介するのに、何の違和感もなかったのだと思われます。尊敬というより、かなり自分をへりくだることが「敬意」、と勘違いしていた向きも感じられます。
例:
1.軍隊の上官の前で:
「自分は男であります」
*軍隊用語で「自分は」に相当する謙譲語が今ちょっと浮かびません。
2.先生の前で:
「私は男です」
と普通に使われていましたし、、、。現在でも、そうした言い方が相手への敬意になる、と信じておられる人は、その信念を通されて何ら問題ないことだと思います。
uが行うダムです。sanoriさんは、「私は男である」の方がご自分にしっくりくる、相手に敬意を表する、相手に失礼にあたらない、と考えておられるのであれば、そのスタンスを守られるといいと思います。
人の主観はそれぞれ違いますから、「私は男です」と言われて「マイナスイメージ」を持つ人もいれば、全く持たない人もいるでしょうし、「私は男性です」と言われて、「自分に尊敬語を使っている」と不快感を持つ人もいれば、逆のイメージを持つ人もいるでしょう。同じスタンス同士の会話であれば問題ありませんが、違うスタンス同士ですと、しょっぱなの自己紹介から、多少の不協和音が生じてしまうかもしれませんね。それはどうにも仕方のないことです。
度々失礼しました。
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